代表あいさつ

ムーン企画代表の金城佳子と申します。

はじめに、自己紹介をさせていただきます。

私は幼少期より琉球芸能が大好きで、三線、琉球舞踊、組踊と稽古に励んで参りました。

三線をはじめたのは小学5年生で、佐久田盛朝氏に師事しました。大人と一緒の稽古は知らない曲がほとんどで、弾けない曲は手拍子を打つのが私の係でした。子どもたちだけに三線を指導している「具志川三線塾」にも1年ほどお世話になったことがあります。

いろいろな舞台を観に行くようになり、次第に琉球舞踊も習いたいという気持ちが芽生えました。小学校6年生で兼島順子琉舞道場へ入門。中学進学と同時に、玉城流翠扇会金城清一琉球舞踊・組踊道場へ移りました。看板にある「組踊」という言葉から、まだ見ぬ芸能に大きな期待を抱きながら門を叩きました。

沖縄県立芸術大学があると知ったのは小学5年生です。その頃から、芸大に進学すると固く決めました。

中学時代も高校時代も部活より琉球芸能。お稽古の日が待ち遠しくて、時間があれば図書館で琉球芸能の本を読んだり、週末は舞台公演を観たりと、琉球芸能のことばかり考えていました。

高校生のとき、琉球新報社主催琉球芸能コンクールへの受験し、三線、琉球舞踊の新人賞を受賞。順調に進学し、沖縄県立芸術大学および同大学大学院で組踊を専修、琉球舞踊では玉城翠扇会より教師免許を拝受いたしました。

大学卒業後は、同大学琉球芸能専攻学科室の助手を1年半務め、県立南風原高等学校の臨時職員として1年教鞭をとりました。

フリーランスとなってからは、県外や海外、県内の常設ステージのあるお店などの舞台に立ちながら、師匠や仲間の舞台制作を行っていました。『国際児童青少年演劇フェスティバルおきなわ』のプロデューサー下山久氏に出会い、同イベントではレセプションチーフとしてスタッフの配置や教育に携わるなど、さまざまな舞台を裏側から経験してきました。

その他、文化芸術の補助金支援業務も行い、琉球芸能そのものを「伝え、育て、守る」活動に取り組んでいます。

現在は中堅と言われる立場になった私ですが、この20年ほどで、琉球芸能の立ち位置が変化していると感じています。

昔の結婚式やお祝い事では、琉球芸能の余興がたくさんありましたが、今では「かぎやで風」と「カチャーシー」程度。コンクール受験生をはじめ、プレイヤー、そして応援するファンも減っているように思います。

その背景には、現代社会の波にのれていないシステム・運営方法が関係するのではないかと思います。

月謝の金額、チケットの割り当て、コンクール制度のあり方、性によっての機会が平等でないこと、プロ育成の方法など、ネガティブな噂だけが流れ、若い世代が興味を抱かないという悪循環に陥っている。このままでは、時代とマッチせず、途絶えてしまうかもしれないという危機感を覚えました。

だからこそ、これまでの経験をいかしながら「伝統」と向き合い、「今」と向き合い、多くの皆さまが生活の中で、琉球芸能をもっと身近に感じられる環境作りに貢献したいと願っております。

琉球芸能を生業としている皆さま、またこれから志す皆さまを応援し、微力ですがお役に立てれば嬉しいです。

琉球芸能が100年先の未来につながりますように。

2020年9月